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高松高等裁判所 平成10年(ネ)382号 判決 1999年6月28日

控訴人(附帯被控訴人)

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

中田祐児

上地大三郎

島尾大次

被控訴人(附帯控訴人)

浅見善康

右訴訟代理人弁護士

伊藤芳朗

伊東大祐

小泉妙子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。

三  控訴人の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成八年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  控訴人の請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人から腋臭症の手術を受ける旨の診療契約を締結し、その手術を受けた控訴人が、手術中における被控訴人の手技に手落ちがあったか術後の患部の処理や固定が不十分であったという注意義務違反に起因して手術部位に瘢痕を生じさせたこと、また、被控訴人に対する右手術についての事前の説明義務を怠った注意義務違反がある旨主張して、被控訴人に対し、債務不履行による損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁六行目の「施行した」を「受けた」に改める。

2  同五頁二行目の「薄く」を「深く」に改める。

3  同六頁三行目の「療痕」を「瘢痕」に改める。

4  同七頁一行目の「薄く削り取る」を「削り取りすぎる」に改め、同三行目の「最善の」の前に「吸引法が」を加える。

第三  当裁判所の判断

一  事実関係

証拠(甲一の1・2、二、三、六の1〜4、七、乙一の1・2、二及び四、原審における検証の結果、証人喜多孝志、控訴本人、被控訴本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、控訴人本人の供述中この認定に反する部分は他の前掲各証拠に照らしてたやすく採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  控訴人は、中学生のころから腋臭に悩み、一九歳か二〇歳のころに腋臭を除去する手術を受けたものの、その後も依然として腋臭が残っているような気がしていた。その後、控訴人は、被控訴人がテレビに出演してインタビューを受けているのを見たり、その後女性週刊誌に被控訴人の経営する被控訴人医院(アサミ美容外科)が発行する「切らないトリプルトリートメント法でワキの汗と臭いは簡単に治せる」という書籍の広告を認め(同広告では「ほぼ確実(96%以上の高確率)にワキガ、多汗が完治」「通院不用で、傷跡も最小限の最善の治療法」と謳われていた。)、被控訴人の手術を受ければ腋臭を改善してもらえるのではないかとの希望を抱き、また、種々の不安もあったので、平成八年三月初めころ被控訴人医院に電話をかけ、応対に出た看護婦に対し、手術に要する時間、手術費用のほか、手術後も来院する必要があるか、傷痕がどの程度残るか、などと質問したところ、応対に出た看護婦から、手術は二〇ないし三〇分程度で終わりすぐに帰宅できる、費用は二五万円位である、再来院することはない、傷痕は残らないとの応答を得た。控訴人は、被控訴人の手術を受ける決意をし、その約三日後に再度被控訴人医院に電話をかけ、その際同年三月一四日に手術を受ける旨の予約を入れ、同日午後三時ころ同医院に赴いた。

2  控訴人は、被控訴人医院で看護婦にパンフレット(甲三)を渡され、これを待合室で読むように指示された。右パンフレットはB4判の「トリプルトリートメントワキガ治療について」と題するもので、①「手術方法は?通院回数は?」との表題の下に被控訴人の採用しているトリプルトリートメント法なる手術方法についての説明及び「遠方より御来院の方は抜糸が不必要な特殊な糸で小さな穴を塞ぎますので、通院の必要はありません。」との記載、②「傷跡はどのくらい残りますか?」との表題の下に「傷跡は殆ど残りません。…但し、非常にマレにですが体質により瘢痕となって少し傷が残ったりする場合があります。そういった場合も当院で無料にて傷跡の処置をしますので安心して下さい。」との記載、③「臭いは消えるのでしょうか?」の表題の下に「当院で手術された患者さんの九五%以上の人は、汗・臭いが気にならなくなっています五%位の割合で、汗・臭いや傷跡が気になると言う方がおられますが、かなり高確率で治癒できます。」との記載、④「副作用はありませんか?」との表題の下に「手術ですので、やはり副作用は全くないとは言い切れません。めったにありませんが、稀に見られる副作用として、術後の腫れや皮膚のタダレ、感染などがあります。腫れはワキの下に血液がたまる為にできるので、若し術後にワキの下が腫れているようなら直ぐに病院に見せに来て下さい。その他どんなことでも術後のケアーは当院で責任をもって無料で行っていますので安心して下さい。」との記載、⑤「術後の注意点」との表題の下に「一週間以上経てば、腕をどんどん上げてワキの皮膚をのばすようにして下さい。そうする事により術後の瘢痕を極力抑さえる事ができます」の記載等があった。

3  控訴人は、パンフレットを読んでいる途中(③の部分)で院長室に呼ばれた。控訴人は、院長室で、被控訴人に対し、今回が二回目の腋臭症の手術であることを告げた上、腋臭が完全に取れるか、傷痕が残るかなどの点について質問した。被控訴人は、カルテの余白部分に腋の絵を描きながら手術の手順(具体的には、まず後記4の吸引法を用い、必要に応じて順次皮下組織削除法、高周波による電気分解の方法〔電気メスを使用する方法〕を用いる。)を簡単に説明したほか、パンフレット記載の各事項を敷衍し、五パーセント程度は臭いが残ったり、傷痕が残る可能性があり、二度目の手術であれば一度目のそれと比べてより手術部位が瘢痕として残りやすくなるが、前回の手術で臭いが治らなかったのであれば今回の手術で徹底的に治せばどうかと言い、控訴人はこれに同意した。また、控訴人は、被控訴人からなるべく後日抜糸に来てもらいたい旨言われたが、仕事が忙しいから来られない旨答えると、それでは特に抜糸の必要がないように溶ける糸を使うので再度来院する必要はないが、一週間はテーピングによる圧迫固定をするからこれを外すまで余り腕を動かさないこと、テーピングを外してみて何か問題があれば診察に来るように言われ、これを了承した。

控訴人は、被控訴人の指示に従っていったん待合室に戻り再度パンフレットを読み直し、看護婦からパンフレットを十分読んだことの確認を受けて、不動文字で「トリプルトリートメントワキガ治療について 私はこのパンフレットを注意深く読み、手術に関しての正しい理解を得ました。」と記載された書面(乙二)に署名押印し、これを提出したのち、被控訴人の手術を受けた。

4  被控訴人が当時採用していた腋臭症の手術方法は、主として、吸引法(被控訴人が「トリプルトリートメント法」と称するもの)であって、腋の下の皮膚の一部に直径約一センチメートルの切開口を設け、そこから細い金属管を挿入して皮膚の裏側にある腋臭の原因となるアポクリン汗腺及びエクリン汗腺を吸引するというものであったが、同方法は、傷が残りにくいという長所を有する反面アポクリン汗腺等を完全に除去できず腋臭が残存することが多いという短所を有する。そこで、吸引法を補完するものとして、前記切開口から皮膚を反転して吸引法で取り残したアポクリン汗腺等を取り除く皮下組織削除法(皮弁反転鋏除去)を併用し、更に、それでも取りきれない頑固なアポクリン汗腺等を電気メスを使用し高周波による電気分解によって取り除く方法を用いていた。被控訴人が控訴人に対し行ったのは、吸引法及び皮下組織削除法であって、電気メスを用いる方法は執るに至らなかった。

控訴人が受けた手術自体は約二〇分程度で終わり、術後、切開口は抜糸の不要な溶ける糸で縫合され、看護婦により患部に滲み出た血液を傷口から搾り出した上、看護婦数人がかりで、腋の皮膚にしわが寄らないよう注意しながら、内部にスポンジをかませてテープで圧迫するテーピング固定がされた。被控訴人自身は、テーピング固定作業には直接関与していないものの、完全に出血が止まったかどうかの確認及びテーピング固定の状況の確認を約二メートル離れたところから自ら行った。

5  控訴人は、テーピング固定をしている間は腕を動かさないようにとの指示を受けていたため、術後一週間は勤務先を休み、外出も余りせず自宅で安静した後、平成八年三月二一日にテーピング固定を外してみたところ、腋の下の皮膚がしわ状になってかさぶたのように黒ずんでいるのを認め、衝撃を受けた。控訴人は、前記パンフレットに圧迫固定を外した後は腋を十分動かすようにとの注意書きがあったことを思い出し、しばらく腋を動かしたりしていたが改善する様子がなかったので、同月二八日、被控訴人医院に電話をかけて右のような腋の状態を告げ、苦情を述べた。控訴人は、電話応対に出た看護婦から来院して被控訴人の診察を受けるように勧められたが、被控訴人に対する不信感等からこれを拒絶し、同年四月二日、徳島市内に開業する形成外科医である喜多孝志医師に相談し、診察をしてもらった。喜多医師が控訴人の腋の状況を観察したところ、両腋とも全体的に皮膚がしわ状に波打って盛り上がる肥厚性瘢痕状を呈しており、皮膚が萎縮した瘢痕拘縮の状態になっている部分もあったが、皮膚が壊死するまでには至っていなかった。喜多医師は、肥厚性瘢痕状の部分に血腫がある可能性もあると考えたが、既に凝固して皮膚を剥がさないと除去できない状況にあった上、仮に血腫があっても小さなものであると考え、注射器で吸い出すなどの血腫除去措置を執らなかった。また、喜多医師は、当時手術後二週間が経過しており、腋の皮膚が既にくっついた状態にあり、しわを手で伸ばすことは不可能であると判断して、手でしわを伸ばすような措置も執らなかった。

6  被控訴人は、これまでに約七〇〇〇例の腋臭症手術を行ってきたが、手術部位がしわ状ないし瘢痕状なった症例を一〇〇例につき一、二例の割合で経験していた。中等度・軽度の肥厚性瘢痕は、体質との関係はそれほど強いものではなく(ケロイド体質の関与も推定されることもある)、素因は多くの場合不明である。被控訴人は、右症状を生じて来院してきた患者に対しては手でしわの寄った皮膚を強く引っ張るなどした上再度圧迫固定することで皮膚のしわを治しており、現にそれで多くの場合治癒できたが、一般の医学書等の文献上は、再度手でしわを伸ばして治癒できる期間は喜多医師が理解していたようにせいぜい二週間とされており、その後も一か月以内であればしわを伸ばすことができるとの知識は、被控訴人のようにかなり経験の積んだ美容外科医の間で了知されていたにすぎず、喜多医師もそのような知識を有しなかった(喜多医師の腋臭症手術の実施件数は一〇〇ないし二〇〇例程度にすぎない。)。

7  本件手術により、アポクリン汗腺及びエクリン汗腺を取り除くという所期の目的は達することができ、腋臭症自体は改善されている。また、平成九年一月二二日(原審における検証施行日)時点で控訴人の腋の肥厚性瘢痕は、相当程度改善されており、特に左腋については自然治癒に任せる方がより改善効果が期待できる状態にある。また、拘縮状態がいまだ残存している右腋についても、中等度・軽度の肥厚性瘢痕は、周辺健常組織への発赤浸潤がなく、その腫瘤はなだらかで比較的早く偏平化し、拘縮は軽度で後発部位は特になく、半年から二年程度で自然偏平化し、ステロイド局中等による治療効果が大きいといわれていることから、相当程度改善することが予想される。

二  争点1(術中の手技上、術後の処置上の義務違反)について

1  控訴人は、控訴人の両腋手術部位に瘢痕が生じたのは、手術中の被控訴人の手技に問題があったか、術後の患部の処理や固定が不十分であったという注意義務違反に起因するものであり、具体的には、①皮膚を深く削りすぎたことにより、皮膚のやや深いところにある細かい血管毛の血液の循環障害を起こした結果、皮膚が壊死した、②術後の止血処置が不十分なままテーピング固定したことにより、皮膚の下に出血が起こって血腫が溜まり、又は体液が溜まって皮膚と皮下の血管が遮断して血液が供給されず、壊死を起こした、③患部の圧迫不良により皮膚がずれたまま固定されたり、固定が不十分であったために皮膚がずれ、皮膚と皮下の血管との間に血腫や体液が滞留して壊死を起こした、のいずれかに起因するものであると主張し、喜多証人も右瘢痕が生じた理由として右のいずれかであると推測することができる旨控訴人の主張に沿うかのような証言をしている。

2  しかしながら、喜多証人のこの点に関する証言は、控訴人の両腋手術部位に瘢痕が生じたことについては、手術中の被控訴人の手技ないし術後の患部の処理・固定に何らかの注意義務違反があったことを前提として、かかる注意義務違反の行為として推測し得るものを列挙したものであることがその証言自体から明らかである。一般的に考えて、控訴人主張の注意義務違反に起因して手術部位に瘢痕が生じ得るという可能性自体は、もとより考えられないことではないものの、肥厚性瘢痕の生じる素因は多くの場合不明であるというのであり、右の事情のみから直ちに本件において被控訴人の手術中の手技又は術後の患部の処理・固定に何らかの注意義務違反があったと断定できるものではない(なお、本件で瘢痕が手術後テーピング固定を外したときに既に生じていたことからして、右瘢痕が本件手術に関連して生じたこと自体は否定できないが、前記一認定のとおり、被控訴人は、腋臭症手術により稀に「瘢痕」を生じることがあり、その場合は来院してもらった上で適切な処置を執ることをパンフレット及び口頭で説明しており、控訴人もこれに同意して本件手術を受けたものであるから、被控訴人と控訴人間に成立した診療契約もかかる合意を内容として成立したものといえる。右合意内容は、本件手術に関連して患部に瘢痕が生じることは一定の割合で避けることができないことを前提とし、万一そのような事態を生じたときは適切な事後処置により対処することとしたものであることが明らかであるから、本件手術に関連して手術部位に瘢痕が生じたことをもって直ちに診療契約上の被控訴人の債務不履行ということはできない。)。加えて、喜多証人が推測した被控訴人の手術方法、手術手順の理解に誤認ないし不十分な点のあることが認められるから(例えば、本件手術において、被控訴人は電気メスを使用していないが、喜多証人はその使用がされたことを前提に前記推測をしているし、同証人は実際に吸引法を施行したこともこれに立ち会ったこともないと証言している。)、同証人の証言のみによって右瘢痕が控訴人主張のような原因で生じたと認定することはできない。そして、前記一の認定事実に照らしても、控訴人の両腋に生じた瘢痕が被控訴人の手術中における手技又は術後の患部の処理・固定に何らかの注意義務違反があったことを窺わせるような事情は見当たらず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、被控訴人の手術中の手技又は術後の患部の処理・固定に注意義務違反があったとの控訴人の主張は理由がない。

三  争点2(事前説明義務違反)について

1 腋臭症の手術は、体質的に腋汁が特有の悪臭を放つことを気に病み、これを改善したいと願う患者の主観的願望を満足させることを目的とするものであるが、それと同時に、控訴人のような若い女性の場合、腋は、例えばノースリーブの衣服や水着を着用した時に人目に曝れる部位であることから、単に腋臭が改善されるか否かのみならず、腋臭症手術による外観上、美容上の悪影響も併せて重視するのが通常と解され、現に、被控訴人も自ら命名したトリプルトリートメント法を「通院不要で、傷跡も最小限の最善の治療法」と宣伝しているのである。そもそも、腋臭症手術は、その性質上緊急を要するものではなく、患者をしてこれを受けるか否かを右の観点からある程度時間をかけて慎重に検討させることに何らの支障もないことが明らかであるから、美容整形外科医である被控訴人としては、手術後に傷痕が残存するかどうか、仮に傷痕が残存するとして、残存の割合(確率)、どのような状態の傷痕が予想されるか、傷痕が残存した場合の事後的措置の内容、再来院の必要性等について、患者の個別的な事情に応じて十分に説明を尽くし、もって患者が腋臭症の手術を受けるか否かを十分に吟味し、検討させるに足りる情報を提供する注意義務があるというべきである。

2  これを本件についてみるに、被控訴人は、本件の手術に先立ち、まず、手術方法、傷痕のこと等を記載した「トリプルトリートメントワキガ治療について」と題するB4判のパンフレットを控訴人に読ませたところ、同パンフレットには、前記一2のとおり、「瘢痕」との文言をも用いて、稀ではあるが手術部位に傷痕が残ることがあることが明示され、その場合にはアフターケアとして被控訴人において適切な処置を執ることが併せて明記されている。次いで、被控訴人は、院長室で控訴人から今回が二回目の手術であり、腋臭が完全に除去できるか、傷痕が残るかなどの質問を受けたことから、パンフレット記載の各事項を更に敷衍して説明し、五パーセント程度は臭いが残ったり、傷痕が残る可能性があり、二度目の手術であれば一度目のそれと比べてより傷痕が瘢痕として残りやすくなるが、前回の手術で臭いが治らなかったのであれば今回の手術で徹底的に治せばどうかと言い、控訴人もこれに同意したというのであり、また、被控訴人は、手術後の再来院は無理である旨の返答を受けると、特に抜糸の必要がないように溶ける糸を使うので再度来院する必要はないが、一週間はテーピングによる圧迫固定をするから余り腕を動かさないこと、テーピング固定を外してみて何か問題があれば診察に来るように、との説明をしたというのである。これらの被控訴人の説明内容に徴すれば、被控訴人は、控訴人に対し、前記説明を要すると解される事項のうち、腋臭症の手術により傷痕が残存する可能性があること(二回目の手術であることから、一回目と比べて傷痕が瘢痕として残りやすいこと)、その割合(確率)、傷痕が残存した場合の事後的処置の内容及び再来院の必要性について一応の説明を尽くしているというべきである。

なお、再来院の必要性については、パンフレット及び被控訴人の口頭説明の中で一方ではその必要はない旨の説明をしている部分もあるが、これはその後の経過に問題がなく、抜糸のためにのみ来院する必要はないとの趣旨であることが明らかであり、他の箇所では何らかの異常があれば被控訴人において処置をすること(すなわち再来院の必要があること)も併せて明確に説明されているというべきであって、通常人の理解力を前提とすれば、いかなる場合でも再来院の必要性がないと理解されるであろうと解される余地はない(控訴人が被控訴人医院の看護婦から再来院するようにと言われたのにこれを拒絶したのは、被控訴人に対する不信感等からであって、被控訴人のこの点に関する説明の内容とは関係がないことが、前記一認定の事実から明らかである。)。

3  問題は、被控訴人が控訴人に対し、仮に傷痕が残存する場合に予想される傷痕の具体的状況について説明をしたか、仮に説明をしたとすればどの程度のものであったかである。被控訴人は、手術後に生ずる可能性がある「瘢痕」の具体的な状況として、「切った傷口が残ったりする場合もあれば、切った箇所ではなく、アポクリン汗腺を取った皮膚のところが硬く盛り上がったり、しわになったり、色素沈着を起こしたりして残ったりする場合がると控訴人に説明した」旨証言する。控訴人は、被控訴人からこのような説明をされたことを否定する旨の供述をするが、前記のとおり、控訴人は、初めて被控訴人医院に電話をかけた際にも応対に出た看護婦に腋臭症の手術により傷痕がどの程度残るかということを質問しており、手術部位に傷痕が残存するか否か、仮に残存するとすれば、それがどのようなものであるかについては高い関心を有していたことが窺え、手術当日も、被控訴人から傷痕が残存する可能性があり、とりわけ控訴人の場合は二回目の手術であることからその可能性が高くなることの説明を受けていたのであるから、パンフレットにも記載されている「瘢痕」なるものがどのようなものであるか質問をし、これに応じて被控訴人がその供述するような説明をすることは自然であって、被控訴人の供述は、控訴人の供述と対比して信用することができるというべきである。したがって、被控訴人は、この点についても控訴人に対し必要な説明義務を尽くしているものというべきである。

4  よって、被控訴人の事前説明義務違反の債務不履行を理由とする控訴人の主張も理由がない。

四  以上の次第であって、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の本件請求は理由がなくこれを棄却すべきである。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、附帯控訴に基づき原判決中控訴人の請求を一部認容した部分を取り消して同部分の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 田中俊次 裁判官 村上亮二)

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